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WESCOの歴史(3)  発展と現在

戦争需要

1930年代から40年代初期を通してビジネスは順調に伸びていたが、大戦の勃発によりブーツの需要は急増した。アメリカ西海岸の北から南から造船要員用のエンジニア・ブーツのオーダーが殺到。国内景気の完全回復に伴いロッガーからの大量のオーダーにも対応することとなった。戦争は悲しいことだが、それによりアメリカ国内いたるところでビジネスが回復したのも事実だ。

大量のオーダーにも対応

躍進

戦時中と変わらず戦後も目まぐるしい勢いで生産が稼動していった。と同時に新たなサービスも開始。ブーツ・リビルドだ。単純なリペアは別として、それまでブーツ・リビルドは一切していなかったが、愛着のある履き古したブーツが蘇るということはウエスコ愛用者にとってはこの上もない魅力であった。ウエスコの成長過程で「有効利用」というコンセプトはいつも存在している。 又、1952年にジョン・H・シューメイカーはある特別な機械を開発した。それによりその後のロッガーブーツのプロダクションを画期的に変えてしまう。 其れまでは、ヒールとソールに102個のスパイクを付けるには力のある職人の手に全て任されていたが、新しく開発したスパイク・パンチマシーンによりコスト、時間のかかるハンマーによる手作業を省く事が出来るようになったのだ。 ウェスコは常にブーツ愛用者の声に耳を傾けデザイン開発に取り組んでいる。

世代交代

ファミリービジネスが壊滅の危機に面している今の時代、ウエスコの誇りは代々に渡り今もジョン・H・シューメイカーのビジネス哲学を受け継いでいることだ。1961年先代ジョン・H・シューメイカー没後、息子ジョン・P・シューメイカーが社長になりウエスコとして大きく成長した。特に新しいモデルのブーツを紹介したことがこの時期の特徴だ。しかし健康上の理由で1970年弟のボブに社長の座を渡す。 その後30年間、先見の明のあるボブ・シューメイカーにより生産、商品流通の面で大規模な改革が行われた。現在シューメイカー・ファミリーの三世代目であるロバータ・シューメイカーが社長としてビジネスを引き継ぎ、ウエスコは更に大きな展望を掲げて前進している。

世代交代