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(2)世界恐慌、戦争需要

天国と地獄

ミシガンにいた時と同じくウェスコのビジネスの核はロッガー・ブーツであり、1918年から1929年の間に4回も移転するほどビジネスが拡大していった。ところが1929年10月、世界大恐慌に見舞われたのだ。

逆境に強いタフガイ!

大恐慌によりアメリカ国民全員が失業してしまった。勿論ブーツの需要は皆無。ウエスコも閉鎖せざるを得なかった。ビジネス、貯金、家を失ってしまったジョン・H・シューメイカーに残されたのはブーツ・メイキングの道具とポートランド東隣サンディー・リバーにある小さな土地。その土地を田舎町スキャプース全体を見下ろす11.5エーカー(約46540㎡)の土地と交換するという一大決心をした。そしてそこに自分で建てた家のベースメントにブーツ工房を置いたのだ。

ブーツ工房

ファミリービジネスの誕生

彼には妻ルー・エラ、息子2人、娘4人、計6人の子供がいた。プロのブーツ職人を雇う余裕が無い為、家族親族で力を合わせブーツ作りを再開。良い日で一日8足だったが、それでもロッガー達が働く現場に直接ブーツを売りに出かけた。ビジネスが回復したとは決して言えないが回復の兆しが見え始めたのはその頃であろう。そして自宅の隣に工房を作るまでになった。1937年、ウエスコの工房は二階建て2400平方フィート(約223㎡)の面積であった。現在、19000平方フィート(約1765㎡)の面積の工房が当時と同じ場所にある。

1937年ウェスコの工房 ブーツ工房内